皆様、相続税の対策は検討されていますでしょうか。
相続税は毎年のように改正がありますが、本年度の税制改正により相続税対策も方針転換が必要になってくる可能性がございます。
そこで今回は、改正の経緯も含め、制度がどのように変わるのかについてご説明致します。
これまでは贈与と相続を使い分け、相続税対策とする手法がありました。
しかし政府はこの数年、贈与と相続を一体化する税制改正を検討しています。内閣府の専門家会合は多い時で月3回開かれ、財務省の税制調査会でも頻繁に議論されています。
簡単に申し上げてしまえば一体化の目的は、相続税及び贈与税が持つ「資産再分配」という機能を保ちつつも、高齢世代から若年世代へ可及的速やかにかつ円滑に資産を受け渡すためと言えます。
令和3年度税制改正大綱には「相続税と贈与税をより一体的に捉えて課税する観点から、現行の相続時精算課税と暦年課税制度のあり方を見直す」と検討項目として記載されました。
令和4年税制改正大綱ではより一体化に本気の姿勢が見られます。
相続税の生前贈与加算という制度をご存じでしょうか。
将来の相続税の対策として、相続人となる予定の方に毎年110万円を贈与するというケースは多くあります。暦年課税であれば年110万円までは非課税というのは割と周知されていますね。
あるいは相続税率との兼ね合いから、「110万円と言わず310万円を贈与していきましょう。 あなたは資産家ですから、贈与税を多少支払っておいてでもその方が相続対策になります」とご提案するケースもございます。
これで相続税の課税財産も目減りした、と安心したいところなのですが…。
ところが、「亡くなった日から遡って直前3年間の間に行われた贈与についてはなかったものとみなし、相続財産に加算して相続税を計算しなさい」という規定があります。これが生前贈与加算と呼ばれるものです。
では、贈与税を払ってまで相続税対策したのに贈与税の払い損なの?と言うと、贈与時に支払った贈与税は相続税額から差し引きます。
税金の計算上は、贈与が無かったことになるのが生前贈与加算です。
現状、長期間かけての生前贈与は、相続税対策の最もスタンダードなスキームとなっています。
元々生前贈与加算は、「親の死亡直前の相続税逃れ」の防止でした。
これが「資産移転の時期の選択により中立的な税制」の議論の中で改正対象の一つとなったわけです。
ただしこの加算制度は、お孫さんなど相続人ではない者への贈与には適用されません。
「生前贈与は子供より孫にした方がいい」と耳にされたことがある方もおられるかと思いますが、理由の一つはこの不適用にあります。
また孫であれば相続税を一代回避してしまえるという点も、孫が勧められる理由の一つと考えられます。
ただご注意いただきたいのは生命保険金です。生命保険金の受取人は生前贈与加算の対象者となってしまいます。たとえば法定相続人ではないのだから、と生命保険金の受取人にお孫さんを指定するケースがありますが、これは「遺贈」という相続になります。
相続人ではないと思っていた孫が実は相続人であったわけです。
遺言書で「赤の他人」に財産を相続させた場合も、この「赤の他人」は相続人となります。法定相続人であるか否かではなく、「相続または遺贈により財産を取得するかどうか」によって生前贈与加算の適用は判断します。
ここからようやく当記事の本題になります!
ここまで「相続開始前3年以内の贈与は~」とご説明していました。これが「相続開始前7年以内の贈与は~」となります。
これは令和5年税制改正で決定されたものです。
ややこしいのですが、では2025年にお父さんが亡くなった場合、2019年に受けた贈与は相続税の計算にいれなければいけないのか、と言えばそうではありません。
突如2024年1月1日以降の相続から7年前の贈与が生前加算されるということではなく、2024年1月1日以降の贈与から、相続開始前7年の贈与の対象になるという意味です。
たとえば、2028年10月31日に亡くなった場合生前贈与加算すべき期間は遡って何年何か月分でしょうか?
答えは2024年1月1日~2028年10月31日(4年10ヶ月)の間の贈与が加算の対象となります。2024年以降、徐々に加算される年月が長くなり、2031年1月以降の相続からはいよいよ丸7年間分加算されるようになります。
相続税・贈与税は資産の再分配という機能を果たす上で重要な役割を担っています。大きな財産が負担を伴わず何世代にもわたって引き継がれていけば、それは格差の固定につながる可能性が高いためです。
一方で、高齢世代に資産が偏在しているという問題があります。平均寿命は年々伸び続け、財産を相続する頃には相続人も高齢者、という実態があり、早期に若い世代へ資産を移転し運用してもらう必要があります。
そこで先述のとおり、相続税と贈与税を一体化し、いつ子に財産を移転させても負担としては変わらないという状況を作る必要があるわけです。
改正案としては、5年、7年、15年、生涯などいくつか案が出ていました。
5年か10年 かで議論が分かれましたのでその間をとったとも、イギリスが7年ですのでそれにならったとも言われています。
今回の税制改正ではもう1点大きな改正があり、それが相続時精算課税制度の改正です。
「相続時精算課税」という言葉を耳にされたことはありますでしょうか?あまり聞きなれない制度かと思います。
「贈与税」の計算方法には実は2種類あり、「110万円までは贈与税がかからない」と言われていたのは「暦年課税」という制度です。
もう一つの制度がこの「相続時精算課税」制度です。
この制度を利用すると、110万円どころか2,500万円まで贈与税は非課税になります。これを超えた部分に対して贈与税を支払います。
その贈与者が亡くなった時に、すでに贈与された財産と相続財産を合わせて相続税を計算し、すでに支払った贈与税はここから控除する、というのが相続時精算課税制度です。
とりあえず贈与を受けておいて「相続時」に「精算」して課税されるのです。
たとえば高収益の不動産などはこの制度を使って早めに子に移転しておけば、親が亡くなるまでに生じた不動産の利益は当然すべて子のものです。この残った利益に相続税が課されることもありませんので相続税対策にもなると言えますね。
ところが一度でもこの制度を利用してしまうと、当該受贈者との関係では二度と暦年課税に戻れない、よって110万円の基礎控除も使えないというデメリットがありました。
またそもそも相続時に精算して相続税を支払うわけですから、相続税がかかる財産があるのであれば節税効果がありませんね。
また相続で取得しておけば小規模宅地等の特例が使えていたのに、この制度を利用して早めに所有権を移転していたために特例が使えなかった、というケースもあります。さらに相続であれば課されない不動産取得税や登録免許税がかかってしまいます。
これらによって今一つ普及していない制度でした。
しかし今回の改正では相続時精算課税制度に「年110万円の基礎控除」が加わることになりました。2024年1月1以降に相続時精算課税制度を選択した人への贈与でも、年110万円までは贈与税も相続税も課されません。贈与税の申告も不要になります。
元々あった非課税枠の2,500万円には、相続時に相続税がかかりますが、この新たに創設された110万円の控除は相続税も課されません。
国としてはもう少しこの制度を利用してもらい、早めの財産移転を実現したい目的があるのでしょう。
相続税対策は早めに検討しておくことが肝要です。生前贈与についてもですが、たとえば不動産をどのように運用しておくか、金銭で保有しておくのか別の財産に変えておくのか。場合によっては借入をして資産を目減りさせておくことが対策になる場合もあります。また誰に生前贈与をしておくのか、名義預金の扱いになりかねないものはないか、など親の死亡が現実的になってからでは間に合わないものがとても多くあります。